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第62回 四十雀と五十雀
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冬の初めは、バードウオッチングをはじめるのに最適なシーズンです。
「え?」と思われる方も、いらっしゃるでしょうか。
確かバードウィークというのも5月だったし、
野鳥といえば、フツウ春から夏なのでは?
そう思う方は少なくないと思います。
あとは、せいぜい渡り鳥を見る秋くらいかな、と。
冬には、ちゃんと冬の鳥たちがいるのですが、
しかしあんまり目立ちません。
湖沼海岸などの水鳥(カモ類など)をのぞけば、
森の鳥はひっそりと暮らしています。
カラフルな鳥たちがいろいろと見られて、
きれいなさえずりを楽しめるという点では、
やはり春から夏にかけてがベストシーズンです。
森も湿原も、鳥の歌でにぎやかです。
ただ、緑の森で鳥を見るというのは、
こと初心者には結構とっつきにくいものです。
なぜなら生い茂る葉っぱがジャマをして、
目当ての鳥を見つけづらいからです。
葉っぱがすべて落ちてしまい、
ぐんと見通しのよくなった広葉樹の森ならば、
慣れない方でも、わりと容易に鳥の姿を見つけることができます。
ちょこまか動きまわる小鳥でも、
あせらずに目で追いかけることができるでしょう。
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冬の森に訪れる渡り鳥は、
北方圏から厳しい寒さを避けるために南下してきたもの。
代表的な種類ではツグミであるとか、
アトリであるとか、レンジャクであるとか。
でも冬の森で、これらの鳥にしょっちゅう出逢えるかというと、
実はそうでもありません。
たいてい群れをつくり、広い範囲を移動しているので、
タイミングを外すと見られません。
その点、いわゆる「森の常連さん」たちは、
おおむねいつでも目にすることができます。
一年中、同じ森に棲んでいる鳥たちです。
彼らは渡り鳥ではなく「留鳥」と呼ばれます。
実際には、年中同じ「個体」が同じエリアに棲んでいるのかというと、
そうではない場合も多いのですが、
ここでいう留鳥とは四季を通じて見られる「種類」のことです。
「森の常連さん」とは具体的には、
シジュウカラの仲間、そしてキツツキの仲間です。
シジュウカラ、ヤマガラ、コガラ、ヒガラたちは、
ひとまとめに「カラ類」と呼ばれます。
冬の森では、この4種類がそれぞれ入り混じった、
混群(こんぐん)をつくっています。
一方、キツツキの仲間には、
アカゲラ、アオゲラ、コゲラ、オオアカゲラがいます。
クマゲラという真ッ黒で大きなものもいますが、
こちらはまず目にすることはありません。
いずれも名前の最後に「ゲラ」が付きますが、
これは「ケラ」が濁ったものです。
ですが「カラ類」に対して「ケラ類」とはあまり呼ばれません。
素直にキツツキ類というのが一般的です。
キツツキであるアカゲラとコゲラは、
しばしばカラ類の混群にも参加していることがあります。
ここに、さらにゴジュウカラやエナガ、
キバシリといった他の種類も加わってきて、
カラ類の混群はますます大きく、
そしてたいそうにぎやかになっていきます。
彼らは一緒に冬の森をゆっくりと巡回しています。
そしてさほど人を警戒しません。
森のバードウオッチングの初歩の練習対象として、
これくらい最適な相手は他におりません。
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私は小学生だった頃、
学校の図書室でシシジュウカラの写真を初めて目にしました。
小さな姿に凝縮された、気品ある優雅さと愛らしさ。
放課後の、とても黴臭い図書室で、
大袈裟にいえば、ちょっとした衝撃を受けました。
「こんなにカッコよくてかわいい鳥がいるんなら、いちど見てみたいなあ」
そう思いました。
でも、どこかの遠い山の森に行かなければ、
見られないものだと思っていたのです。
ところが町中の庭や公園の林にもいることを知って、拍子抜けしました。
海岸の林から住宅地、そして山のブナ林まで、
彼らの棲むエリアはとても広いのです。
そのうち、他の仲間も見たくなってきました。
ヤマガラ、ヒガラ、コガラは森の鳥でした。
やがてゴジュウカラに憧れました。
シジュウカラとは、また違ったダンディズムがあり、
こちらは東京周辺ではあまり見られなかったのです。
はじめは、同じ「カラ」という名前ですし、
「四十」と「五十」というくらいなのだから、
親戚なんだろうと思っていました。
(そして、なんてテキトーな名前のつけかたなんだろうか、とも)。
ところが違う仲間と知って、意外。
では漢字で書くところの「四十雀」と「五十雀」とは、
こりゃいったいどういう意味なんだろうか?
そんな根本的なギモンを抱えました。
ある日、専門家然とした鳥をよく知るオトナのひとりに、
勢い込んで尋ねてみました。
すると「始終カラカラ鳴いているからサ」と
駄洒落みたいなことをいわれ、がっかりしました。
実物を探し歩くのに夢中になり、
そのうち名称のことは気にとめなくなりましたが、
年をとってから疑問が再燃してしまいました。
かつては憧れの鳥であったゴジュウカラも、
いまや奥入瀬の森では、シジュウカラ以上の顔なじみのひとつです。
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「四十雀」の名の由来には諸説あります。
雀は、種スズメではなく、小鳥一般を示す言葉です。
たくさん群れるから(四十は多数を表す)とか、
ジュクジュクという鳴声を表したものとか。ユニークなものでは
「シジュウカラ一羽はスズメ四十羽分の値段だった」というものまで。
飼い鳥としては、スズメより美しく、
魅力的であったということを意味したものなのでしょうか。
それでは五十雀からは?
ところが、これがどうにもはっきりしません。
「スズメ五十羽と……」では、いくらなんでもあんまりでしょう。
「四十雀に似てるから」などといういいかげんなのもありますが、
分類では別のグループ。
確かに両者の姿形は明らかに異なっています。
動き方も、かなり違います。
また、木を逆さまに降りられる生態は、ゴジュウカラに独自のものです。
「木廻(きまわり)」とか「逆鉾(さかほこ)」など、
行動をよく表した異名もありますけれども、
やはりこの鳥の正しい名は、江戸のむかしからあくまでも「五十雀」でした。
安部直哉さんという方の書かれた鳥の名前に関する本に、
ゴジュウカラの語源としてちょっと面白い説が紹介されています。
むかしは四十歳で初老、五十歳で老人であったので、
ゴジュウカラの青みがかったグレーの羽を
老人に見立てたゆえ──というものです。
要するに「じじむさい」鳥、もとい、落ち着いたダンディズム、
とでもいうべきなのでしょう。
ちなみにこの方の説によれば、カラ類の「カラ」は
「同胞=はらから」に由来するもので、
要するに「同じ仲間」を意味する言葉であろう、ということです。
説得力がありますね。
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むずかしやどれが四十雀五十雀
これは、一茶が詠んだ句です。
はじめ、意味がまるでつかめなませんでした。
昔日の俳人の方が自然観察には長けていたはずなのに……とさえ思い、
訝ってしまいました。
ところが冬になると、カラの仲間は種の境を越えて入り混じり、
一緒に仲よく群れを作って森の中を飛びまわります。
そんな彼らを眺めるうち、かの「四十雀」「五十雀」の由来も、
要するに「なかよしこよし」ということを表したものだったのかなあ、と
ふと思いました。
すると、鳥たちの群れのなかのどれがどれ、どれがどれ、ということも
次第になくなり、だんだんひとつにとけあっていくのを見て、
ああ、なるほど、一茶が詠んだのはこのことだったのかな、と
ようやく得心した思いでいるのです。


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