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第61回 ホオノキの落ち葉

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  樹木がすっかり葉を落とした森の遊歩道。
  落ち葉がびっしりと隙間なく敷き詰められています。
  黄色から黄土色、茶色に変色した落ち葉のなかで、
  ひときわ大きな、白っぽい落ち葉がよく目立っていますね。

  これはホオノキの落ち葉です。
  「朴葉味噌」などで知られる、あのホオノキです。

  晩秋から初冬にかけての森では、毎年アタリマエの光景です。
  これまで、目にしても特に何も気にすることはありませんでした。
  もちろん美しい、とか造形的に面白い、とか多彩だな、といった
  感想はあっても、あまり深く考えたこともなかったのです。

  ところが過日、自然ガイドをしている友人から、
  ちょっと気になる話を聞いてから、事情が変わりました。

  ──ホオノキの落ち葉は、みんな裏を向いている、というのです。

  最初は「エッ」と思いました。
  彼が何を言っているのか、咄嗟にはよくわからなかったのです。
  話を聞くうちに、ははあ、と納得しました。

  確かに、積雪前の森の落ち葉の絨毯(じゅうたん)には、
  白っぽいホオノキの落ち葉が強いアクセントになっているのです。
  ホオノキの葉は、表側は緑、裏側が白っぽくなっています。
  黄葉すると黄土色から焦茶色になりますが、
  色が変わるのは表側だけで、葉の裏は白っぽいままなのです。

  もちろんそのことは秋には日常的に目にしておりましたが、
  それが森の底でひときわ「目立つ」ということは、
  それはすなわちホオノキの落ち葉が
  「裏向きに落ちていることが多い」からである、ということには、
  これまでまったく気づきませんでした。

  ただ、この話を受けた時点では、さほどの感慨はありませんでした。
  正直なところ、なんだかツマラナイことに気づくなあ、でした。
  ツマラナイというとちょっと語弊(ごへい)がありそうですが、
  なんかコマカイこというなあ、にも近い感想だったかもしれません。

  ガイドの友人は、この「発見」は自分で気づいたものではなく、
  ベテランのネイチャーガイドの案内で気づかされたのだと語り、
  その独特の視点の鋭さに、感心しきりといった様子なのでしたが、
  私はといえば「へえ、そうかね」などと思っただけでした。

  ところが、こういう話というのは、あとからキイてくるものなんですね。
  この話を聞いたのが初夏だったせいもあったのでしょうか、
  しばらくのあいだは忘れていました。
  ところがこの秋、やたらホオノキの落ち葉が目についてしまって、
  しかもそういう目で見はじめると、それがますます気になってきます。

  実際、ホオノキの落ち葉は裏側を向けて落ちていることが多いのです。
  多い、と統計的にいえるのかどうかはともかく、確かに目立ちます。
  ゆえに森の絨毯が白くまだらに見える──。
  そのことを、意識せざるを得なくなってしまったのです。

  情けないのは、実は自分でも意識を向けていた点です。
  写真を撮りながら森歩きに興じることの多い私にとっては、
  ホオノキの落ち葉は白っぽくてやたら光の反射が大きいものなので、
  撮影時の露出補正には、ちょっと気を使わなくてはならない、
  そんな認識があったのです。

  つまりホオノキの葉の「白」を明らかに意識していたわけです。
  そうでありながら、それが常に裏向きに落ちているがゆえなのだ、
  とは、まるっきり考えたことがなかったのです。

  たとえば、お気に入りのこんな写真。4年前に撮影したものです。

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  しかし私がこの「落ち葉」に反応してカメラを向けているのは、
  明らかにある種のデザイン感覚上の魅力ゆえなのであって、
  それ以外の関心は、ほとんど持っていないに等しい。
  なぜホオノキはいつも白い面を出して森の底に横たわるのか?
  そこに100%思いが至らないのは、やはり自然科学的な素養が
  私には根本的に欠乏しているがゆえなのでありましょうか?

  おそらく最初の話で私が「へえ」としか感応できなかったのは、
  私の感性がだんだん鈍磨していることもさることながら、
  おそらくは心の深層で、そういうことにちゃんと気づき、目を向け、
  柔軟に感応することのできる人への「畏れ」というのでしょうか、
  あまりに意表をつかれたことへの、ある種の防御反応みたいなもの、
  あるいはそういう感性への羨望、もしくは「やられたッ」というような
  負の感情があって、そんな精神的な余裕のなさが素直な反応を
  妨げたのかなあ──などと、そんなことまで考えてしまいました。

  まあ、私の森散策のスタイルは、
  もとよりそうしたとりとめもないことを、ぐるぐると、
  ただ思いめぐらせている時間の方がはるかに長いので、
  自然の観察者としての素質には、ハナから問題があるのであります。

  それはともかく、ではなぜホオノキは裏側を向けて落ちるのか。
  すべてがすべてではなく、
  表向きに落ちているものが茶ばんでしまって
  裏向きの葉よりも目立たないだけということは、ないのでしょうか。
  1枚目の写真には、表向きに落ちているものも散見されます。
  区画を分けて統計をとってみなくてはわからない、かも知れません。

  葉が乾燥すると、葉柄を軸にして葉が内側(表側)にやや巻かれ、
  重心が表側になるがゆえ、との指摘もあるそうです。
  ただし裏向着地の葉のすべてが表側にしなっているわけでもなさそうです。
  フラットのままのものも、結構たくさんあります。
  実験をしてみると、ホオの葉は、重くて丈夫な葉柄側から落ちていきます。
  とすると、葉の構造と落花に伴う空気抵抗といった物理的な現象で、
  そこには自然科学的な意味での深さは実はあまりないのかも知れません。
  ……あるいは人智のおよばぬ、
  何ごとかの「意思」のようなものがあるのかも。

  いずれにせよ、そういうことに「気づく」ことこそが
  新たな愉楽を導きます……などと常づねエラそうなことをいっている
  自分からして、まだまだ何にも見えていなかったということを
  思い知らされた一幕でした。


(写真・文/河井大輔)