web ネイチャーランブリング 第7回【ブナ林のクマタカ 〜前編〜 】

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第7回 ブナ林のクマタカ(前編)

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大空を舞うクマタカ



  奥入瀬渓谷の上流を一羽のクマタカが悠々と飛んでいきます。
  胸のあたりが大きくふくらんでいます。
  これは「そのう」と呼ばれる部分で、
  食道(消化管)の一部が変化した器官です。
  丸呑みにした獲物を一時的に蓄え、
  少しずつ胃に送る役割を果たしています。

  成鳥では、ここに250グラム以上の肉を
  収めることができるといわれます。
  食後にはこのようにそのうが大きく膨らんでいることが
  はっきりとわかるため、
  このクマタカがハンティング(狩り)に成功し、
  つい先ほどまで獲物を食べていたことがわかります。

  各種の鳥類や哺乳類そして爬虫類など、
  森の生きものを広く捕食することで知られるクマタカですが、
  さて、この個体はこうして空に舞い上がる直前まで、
  いったい何に舌鼓を打っていたのでしょうか。


  クマタカは「熊鷹」あるいは「角鷹」と書かれます。
  森に棲む大形の猛禽類です。
  「角」という字は、
  このタカの後頭部にある冠羽(かんう)と呼ばれる、
  角ばった羽毛のことを示しています。
  もっとも、この冠羽は樹上に静止している時などに
  見られるもので、飛翔時にはたいてい寝かされており、
  なかなかわからないのですが。

  かたや「熊」の字は、大形で屈強な存在を表しています。
  ウサギやヤマドリといった鳥獣を捕らえる猛々しい姿が
  「熊」になぞらえられたのでしょうか。
  実際、獲物に襲いかかるクマタカの躍動は迫力満点で、
  地上へ強引にねじ伏せ、荒々しく肉を喰らうさまは
  まさに「熊鷹」そのものです。

  反面、森の上空を舞っている姿の、
  そのなんと優雅なことでしょう。
  黒と白を基調とした端整な羽の模様の、
  なんと見事なことでしょうか。
  逆光で羽が透け、黒い紋がくっきりと浮かび上がるあたり、
  意匠を凝らした自然の芸術そのものです。

  野武士のように勇壮で、きりりとした精悍な面構えも
  大きな魅力のひとつです。
  野生の逞しさと華麗さをあわせもったこの鳥は、
  いにしえの時代より人びとの心を魅了してきました。

  位ある武士は、クマタカの羽を矢羽として重用してきました。
  東北では「鷹使い」による鷹狩り用の鷹として、
  大切に扱われてきました。

  現代においても、美しく力強いクマタカは、
  ナチュラリストたちの憧れでありましょう。
  政治家や極道の中には「パワー」の象徴として、
  その剥製を求めてやまぬ人もいます。
  こっそりと自宅で違法飼育するマニアの存在も知られます。

  人里はなれた深山幽谷に生きる神秘的なイメージ、
  そして僅少な特殊鳥類という位置付けからか、
  かつては「幻の鳥」的な印象の強かったクマタカは、
  しかし近年になって、
  これまで考えられてきたような「遠い存在」ではない、
  ということがわかってきました。

  人間から付与されてきた、
  いかにもそれらしいイメージとたがい、
  人口の集中している平野部などをのぞけば、
  いわゆる「裏山」と呼ばれる、
  人の生活圏に隣接した森でも繁殖している猛禽なのです。

  地方によっては、比較的里山に近いような環境でも
  見られることが明らかとなっています。
  現在、クマタカといえばイコール「絶滅危惧種」であり、
  ゼツメツという言葉がまるで枕詞のように
  付随して語られる存在なのですが、
  その実態とはいささか異なるようです。

  東北のブナ林には「クマタカ銀座」と呼ばれている
  地域もあるほどです。

  絶滅危惧種とは、いったいどのような基準なり根拠をもって
  「判断」されているものなのでしょう。
  食物連鎖の上位種である猛禽類は、
  もとより数の少ない存在ですが、
  たとえばイヌワシのように全国の主要な繁殖地がほぼ掌握され、
  長期にわたる調査によって、
  その生存の危機的状況が証されている種もあります。

  クマタカについては、各地方ごとの生息状況や生態など、
  いまだ知られざる部分がたくさんあります。
  おそらくはクマタカが森林潜行性の鳥であるため、
  なかなか人目につきにくいことも影響しているのでしょう。
  「見えない」存在であるがゆえに
  「少ない」存在なのだろうといった、
  これまでの印象的な判断に神秘性というイメージも加わり、
  ますますクマタカ本来の姿が
  見えにくくなっているのではないでしょうか。

  平地から里山にかけて生息する猛禽類であるオオタカも、
  一時は「幻の鳥」とされていたことがありました。
  しかしいまでは、ごく普通の猛禽類であり、
  もはやアンブレラ種という、
  生育環境を保全することで「傘下」にある
  他の生物種をも保てるとされる
  生態系維持のための目標種としての位置づけさえ
  疑問視されるようになってきているなか、
  いまだに「幻の鳥」「絶滅寸前」といった過剰な表現で
  取り上げられることがあります。
  ちょっとおかしな「風潮」ではないでしょうか。

  では、クマタカは本当に絶滅危惧種なのでしょうか?

  こんな発言は、いわゆるシゼンホゴ派の人たちから
  ほとんどボーゲン・ホーゲンのたぐいと
  大いに非難されそうです。

  しかし「食物連鎖上位種=絶滅危惧種」という単純な図式に
  猛禽類をなかば強引にあてはめたがる傾向(あるいは思い込み)は
  確かにあるように思えます。
  それが意図的な情報操作である場合も少なくありません。
  政治的な意図があからさまに見え隠れしていることもあります。

  そうした流れに無智な世間が、ただ闇雲に同調し、
  「神話」のごとき世論が形成されていくのは、
  どこか不健全ではないでしょうか。
  そこには自分たちの目で
  自然を見つめる・確認する・検証するという視点が、
  ほとんど欠落しているように思われるからです。


(写真・文/河井大輔)