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第46回 ソバナ
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ブナの森の遊歩道沿いでソバナの花が咲いています。
風情ある桔梗の仲間です。
英名ではレディ・ベル(女性の鐘)です。
薄い青紫色をした、釣り鐘のようなかたちの花をぶらさげています。
涼やかで、どこか風鈴を想わせる眺めです。
でも夏のさかりの花というよりは、
晩夏から秋の花というイメージです。
ソバナの花が、森を渡る軽やかに風にそよぐさまを眺めていると、
流れるように過ぎてゆく、季節のうつろいを感じさせられます。
奥入瀬や蔦の森の遊歩道で、
ごくふつうに見かけるこの花を目にして、
野に咲くツリガネニンジン(釣鐘人参)を
思い浮かべる人もいるでしょう。
見た目通り、ソバナはツリガネニンジンの仲間で、
花は一見そっくりです。
ただツリガネニンジンの花は、
茎に輪をつけるような放射状に咲きますが、
ソバナは、茎の片側にかたよって
花をぶらさげているのが特徴でしょうか。
直立する茎は結構大柄で、
おおむね1メートルくらいにまで伸びています。
その上の方がしなるように傾いており、
そこにいくつもの花がついています。
花の形も、よく見ればツリガネニンジンとはやや異なっています。
花の内部をのぞいてみると、
奥から細長い雌しべが伸びています。
雄しべが花粉を出し、
ハナバチなどの虫を呼び寄せている頃には、
雌しべの先端は、白っぽくてまるい、
ただの棍棒(こんぼう)状なのですが、
花粉が出なくなるあたりから先端が割れて、受粉が可能になります。
つまり初めは雄花を、
その後に雌花の役割を果たしているのですね。
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それにしても、このソバナという名には、
どういういわれがあるのでしょうか。
ソバナは「岨菜」「杣菜」「蕎麦菜」と書かれます。
それぞれ意味が異なります。
まず「岨菜」です。
この「岨」という字は、切り立った崖(がけ)という意味です。
崖に咲く花、ということです。
しかしソバナが崖地に特有ということはありません。
これはたぶん、山の切り通しの道などにできる、
小さな崖のことなのでしょう。
「杣菜」は「そまな」と呼びます。
「そま」というのは杣道(そまみち)の意味で、
猟師や山仕事などをする人が通る、
道幅のごく狭い山道のことをいいます。
きっと作業道や踏み分けなどの
路傍に咲くことからついた名称なのでしょう。
そして「蕎麦菜」。
こちらは読んで字のごとく、蕎麦に似ているということです。
ところが実際には、見た目はそれほどそっくりなわけでもありません。
蕎麦のように食べられる菜っぱ、
そういう意味の方が近いのだと思われます。
ソバナもツリガネニンジンも、
その若い茎や葉は山菜として食用になります。
歯ざわりがよく、山菜として一級品であるといわれています。
「山でうまいはオケラにトトキ、嫁に食わすも惜しゅござる」
──こんな「ざれ歌」がありますが、
ここで歌われている「トトキ」というのが、
実はツリガネニンジンの古名なのです。
トトキとは「トッテオキ」の意、それが訛って
トトキになったのだ、ともいわれています。
あまりにも駄洒落じみた説なので、
かなり眉唾ものの説ではありますけれど、ちょっと面白い話ですね。
同じ仲間のソバナも、
トトキ同様に美味な山菜として重宝されてきたのです。
ゆえにソバナにはアマナ、オカトトキ、
そしてヤマソバといった地方名もあります。
山暮らしのひとびとは、
この花の若菜を茹でたものを、おひたしや汁の実、
米に混ぜて炊いたりなどして食してきました。
まさに蕎麦の食べ方と同じです。
江戸時代の本草書にも、
ソバナを粥(かゆ)にして食べることが記されています。
初秋の山道を彩るこの花は、
単に山村の副食というだけのものではなく、
おそらくは飢饉などの非常時には、
蕎麦の代わりとして利用されたであろう、
かなり貴重な花だったことも、想像されますね。
ソバナという名には、
山の切り通しや森の小路の路傍に咲いて見つけやすく、
しかも蕎麦並みに美味しく、
そしていざという時にも役に立ってきた、
常に人の傍(そば)にある草花という、
そんな意味もまた込められているように思われるのです。
風情ある立ち姿の背後にある、
こんな人とのかかわりにも思いを馳せることで、
野の花の印象も、また少し違ってくることと思います。


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