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第109回 奥入瀬観光を考える(その5)
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■隠花植物の鑑賞というテーマ■
コケや地衣類、菌類など隠花植物の観賞には、非常に時間がかかります。
従来型の観光のように、とにかく短い時間でより多くの景勝地をめぐることに
価値をおいてきたスタイルとは真逆です。
いいかえれば、一箇所でどれだけ長い時間を知的に楽しめるか、ということです。
それは「静かな時間」をたっぷりと享受できるスタイルでもあります。
あわただしい駆け足観光に「お得感」を感じる旅行は衰退に向かっています。
「名所旧跡のたらい回し」で、看板の前で撮った記念写真を見なくては
自分がどこに行ってきたのかさえあやふやな旅に価値を置く人は、
今後少なくなりこそすれ、決して増えることはないでしょう。
静かな観賞型散策を通し、時間をかけてじっくりと
その土地の自然と対峙する旅行者が増えていくことが予想されます。
奥入瀬も、これからは落ち着いた滞在型の観光スタイルのイメージを
定着させていかなくてはなりません。
その主題としての「隠花植物」は、なかなか魅力的な素材ではないでしょうか。
蘚苔類(コケ類)は地味な存在でありながら、最近とみに注目を集めています。
京都の苔寺が観光地として有名なことはもはやあえて述べるまでもありませんが、
個人のインテリア素材としても人気が高まっています。
2011年の夏に話題となった本に『コケはともだち』(リトルモア)という本がありました。
一般女性読者を対象としたコケの入門書で、3ヶ月で2万部を超えたといわれています。
読者層としては20代半ばから30代女性の反応が大きく、
著者の藤井久子氏もまた30代の女性です。
著者は屋久島を訪れた際、ネイチャーガイドから
「屋久島の魅力は屋久杉よりコケです」と紹介され、ルーペでコケを初観賞、
その美しさにいたく魅了されたことからコケ好きになったといいます。
ところが巷間にコケの入門書は少なく、また専門書はどれも難しいことから、
「文系でもとっつきやすい入門書」の執筆を思いたったとのこと。
また、この本に先駆け2007年に出版された『苔とあるく』(WAVE出版)の
著者も田中美穂さんという女性で、女性のみならず多くの愛読者を獲得し、
世にコケファンを増やし続けている名著です。
コケに魅了された女性を「コケガール」と呼ぶそうですが、
こうした女性たちは人気観光地である鎌倉や京都に旅しても、
かたわらにコケを観賞したり、写真に撮って楽しんでいるそうです
(そういえば最近ではカメラ業界でも女性客が圧倒的に増えていますね)
コケといえば、一般にはあまりきれいなイメージがないようにも思うのですが
(裏庭のじめじめしたところに生えるとかお墓にくっついているなど)
しかし近寄ってよく観てみれば、実に美しく面白い存在であることを認識、
まわりにはいろいろな種類のコケがあることへの「気づき」が、
ちょっとワクワクするような経験となることを、コケガールたちは楽しんでいるようです。
こうしたムーブに着目した「コケナイト」というイベント(!)が、
東京で開催されたりもしています。コケガールを集めての蘚苔類の鑑賞会だったそうですが、
コケのカクテルやコケのスイーツといった女性らしい趣向もあり、予約が殺到したといいます。
どうやら世はコケブームを迎えているようです。
もちろんブームというのは一過性のものであることがほとんどですし、
ある時点での盛り上がりによって発生するお祭り騒ぎに
必要以上の意義を見い出すつもりはありません。
しかし「路傍のコケを観る」という、このいたって地味な行為が、
女性を中心に少なからぬ人びとの気持を捉えているということ。
現代人の自然とのつきあい方に、何らかの本質的な変化が生じている兆しを、
ここに見てとれなくもありません。

コケだけではありません。地衣類は新書が刊行されるなどしていますし、
その薬理効果や森林における機能などには以前より注目が集まっています。
シダ類はもともと園芸素材として人気が高く、若手の愛好家も少なくありません。
菌類はキノコという「食」の面での注目率のみが相変わらず高いのですが、
キノコそのものの魅力を熱く謳った書籍(堀博美『きのこる キノコLOVE111』山と渓谷社)が
出版されるなど、こちらも静かなブームが女性を中心に広がっているようです。
こういう趣向を持った方がたに、ぜひ奥入瀬の森をゆっくりと鑑賞して頂きたいと思います。
こうした層に向けて奥入瀬の魅力を効果的に発信するにはどうしたらよいのか。
最上の方法はまだわかりません。けれどそこを考えていかなければ何もはじまりませんし、
試行錯誤を継続していかなければ実績にはつながりません。
本物の奥入瀬ファン=奥入瀬の自然を質的に評価して頂けるリピーター層を、
地道に、しかし着実に増やしていく。そのためにはまず奥入瀬観光の担い手自身の意識向上
ならびに知見の集積が不可欠です。
スペシャリストを招聘してのセミナーなども、もっと積極的に実施していかねばなりません。
顧客層をある程度絞り込むということは、
国内なのみならず海外からのビジターも呼び込んでいかなくてはならないということです。
PR活動やインフォメーション活動を国際化していく心構えと準備も必要となってきます。
奥入瀬観光の担い手が、観光業を地域の基幹産業とする意識を持ち、
観光が地域文化を守るという認識と、「地域性」を商品とする認識にめざめ、
その「橋渡し役」を担う仕事をしている自覚があれば、
近い将来、必ず実のある結果をもたらすのではないかと思います。


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