野の花 あばら家荘日誌(その12) 妖怪展に行ってきた
青森県立郷土館で開催されている『妖怪展―神・もののけ・祈り―』がそろそろ終了間近なこともあって、青森市まで見に行って来ました。「個人研修」であります。
はたしてこんなものが「ネイチャーガイド業」に必要な研修なのかどうかはわかりませんけれども、自然を知る・向きあうということについていえば、これは絶対必要なものではないかと思います。花や木や鳥の名前を知る「分類」や、その「生態」を学ぶといったサイエンス的なものの見方だけが、ネイチャー系の人間にとって重要なものではない、と、まあそう思うからなんですね。
古来、森や海や湿原というのは、人間にとっての「異界」であったわけです。けれども、それを経済的・科学的なアプローチでもって切り崩してきたのが、自然と人の歴史です。しかし、どんなに時代が進んでも、「畏怖」という言葉に代表される自然に対する人間の根源的な感情は、決して失われることはありません。
歩く・観る・聴く―そして感じる。この最後の部分にも、もっとしっかり焦点をあわせた自然観を培っていかなければ・・・と「あばら家荘主人」は思うわけです。仮に、思考性に重きを置くのが自然観察会であるとするならば、そこに感受性をより強く加味したものが究極のランブリングではないのかなと、そんなことを思ったりもするわけですね。
「考えるな。感じろ!」―こういったのは、かのブルース・リーです。名言です。もちろん、まるっきり考えることなしに、やたら感じてばかりいても仕方がないような気もしますが、でも森の中でこの言葉を反芻することって、少なからずあるんですよね(余談ながら『燃えよドラゴン』冒頭の「Don't think. Feel!」の「フィ~ル」というリーの言い方が、またイイんですよね~)
さて、前置きが長くなりましたが、私は水木しげるに代表されるキャラクター性の強い「通俗的妖怪」や、宮崎アニメによって一躍「当世流行語」の仲間入りをした「もののけ」に代表される、やたら擬人化された妖怪キャラ等には、実はあまり興味も関心もなく、近年の妖怪ブームの焼き直しのような、いわば人気取り的な企画展ならば、行く気はまったく起こらなかったわけですが、今回の展示は津軽・南部産の「異物」を、博物学(本草学)的なアプローチで紹介しているという、いたって好感の持てる取り組みであったことから出かけてみたのでした。
これは図録の表紙ですが、この画の生きものはいったいナンでしょう。もちろん正体は不明です。解説には「岩木山のある沢で目撃されたという不思議な生物」とあります。イイですね。おそらくツチノコ的なものなのでしょうが、それを安易に「岩木山のツチノコのようなもの」などとはせずに「不思議な生物」というにとどめおく処理の仕方、このあたりがイイんですね。
(いたってどーでもいいことですが、この生物の髪型といいカオといい、ノビのスタッフである白山皇によく似ていますね)
こういうものを自然界に「幻視」するということ。そういった感性こそが、自然を「異界」として認識するということなのであって、現象ならぬ「幻象」は、まさにここから生まれてくるわけです。そして、はからずも幻視してしまった異物のかずかずを、律儀ともいえる非常に真面目な本草学的手法でもって、ひとつひとつ、きちんと蓄積してきたという、そこにまさしく人と自然の「文化」の一端があるわけなんですね。
先に、「異界」を経済的・科学的に切り崩してきたのが人間であると述べましたが、もちろん自然と人との文化的な関係というのも当然あるわけです。ただ、文化的なアプローチは、切り崩す(=人間側に引き寄せようとする)というものとは、またちょっと違ったベクトルを持っているように感じられます。その最たるもの、その最北が、こうした「異物収集」であったのだと、そんなふうに理解してみるのも面白い視点なのではないでしょうか。
さてさて、今回の大収穫は、幕末から明治にかけて弘前藩で活躍した、国学者にして画人(あばら家荘主人としては博物学者と呼びたい)平尾魯仙(ひらお・ろせん)のことを知り得た、ということに尽きます。津軽では有名な人ですが、いたって浅学なあばら家荘主人はぜんぜん知りませんでした。お恥ずかしい限り。この魯仙の著作である『異物図会』『合浦奇談』『谷の響』、いずれもヒジョーに面白いものです。幕末明治期の津軽で収拾された、さまざまな奇談や怪異談の集積で、その分野は動植物から昆虫、天文気象、岩石など、まさに博物学的な守備範囲。荒俣宏も真っ青です。魯仙は、かの『世界大博物図鑑』や『江戸博物学集成』にも名の見当たらない、まさに地方の偉人なのです。こういう人のことを、もっとよく知りたいと思います。図書館でいくつか現代語訳が読めるようなので、機会をつくって目を通してみようかと思っています。
一般に、このたびの展示の目玉は「天狗のミイラ」「人魚のミイラ」の実物、あとは心霊現象の逸話付きの「断首図」あたりだろうと思うのですが、実際、授業の一環で見学に来ていたとおぼしき中学生たちは、それしか見ていなかったなあ・・・。でも、そんな江戸の流行文化の単なる地方への波及現象や、俗テレビの得意技である、いたってしょうもない演出などにばかり目を奪われているんじゃなくて、真の意味でのエキセントリックである、郷土の偉人のなしてきた仕事のもの凄さを、中高生諸君にはもっともっと知ってほしいと思いました。
なんなら、おじさんがガイドしちゃるか?ってな感じで、展示物の傍から妙な視線を送る白髪のおっさん(あばら家荘主人のこと)を薄気味悪く思ったのでしょう、愛らしい女子中学生たちはそんなおやぢを一瞥した後、さっさといってしまわれました。そう、まさに「異物」を見る目つきで。お粗末。
だぼ

